夏休みに思う「メタ認知」
こんにちは、ぷらっとチャットの管理人です。久しぶりにブログを書いています。
夏休みに入り、ぷらっとチャットにも休み中の子どもたちがたくさん参加しているようです。
子どもたちが参加してくれるのはありがたいことではありますが、ぷらっとチャットはどちらかというと死にたいほどつらい気持ちを抱えた人たち(主には大人)を想定していることから、子どもたちが来るとチャットルームの雰囲気がいつもとはずいぶんと変わってしまうことがあります。
このぷらっとチャットのサイトに書いている内容も大人向けに書かれていることが多く、子どもには読んでも理解することが難しいだろうなぁと感じることがあります。
そこにはメタ認知という機能が関係しているように思います。メタ認知とは自分を客観的にみて、周囲からどう見えるのか、どんな影響を与えているのかを見極める力と言えます。
子どもは発達途上にあるため、このメタ認知が育っていない場合も多く、自分の考えや思いで突っ走ってしまうことがあります。
例えば、死にたいと吐露する人に「そんなこと言わないで」と言ってしまったり、安易に自分の感覚や経験でアドバイスをしてしまったり、つまり相手の立場を想像して、ふるまいや発言を調整するというところまで育っていない傾向があります。
冷静に考えると、「自分は子どもで経験が少ないからこの場は少し遠慮して発言しよう…」などと子どもが考えるわけないですし、そんな子どもは子どもじゃない!と思ってしまいますね。
また、ASDなどの発達特性を持つ人たちもメタ認知が育つのが遅い人たちもいて、いわゆる「空気が読めない」と言われてしまうことがあります。もちろん、個人差もありますので、一概には言えません。
一方で、ぷらっとチャットは過剰適応と言われるように、周囲の思惑や気持ちを読みすぎたり、自分を出さないように抑えている人たちも一定数いると感じています。つまり、注意深く空気を読み、緊張や不安をため込んでいる人と言っていいのかもしれません。
過剰適応で我慢をしてきた人たちはメタ認知が拙いコミュニケーションに触れると、非常にネガティブな気持ちになってしまうこともあると思います。何とか気づいてほしくて遠回しに何かを伝えようとしたり、ちょっとイラっとした返答をしたりすることもあるかもしれません。
しかし、メタ認知途上の人は遠回しの表現をうまく理解することが難しいことから、多くの場合はそうしたアクションは徒労に終わり、さらに消耗するということもあるように思います。
そんな時に効果的なのはフィードバックという伝え方です。
フィードバックは自分の目に映ったことや感じたことを、良いとか悪いとかの評価をしないで、そのままを相手に伝えることです。
私は○○だと感じました。とシンプルに評価や感情を交えずに客観的に伝える。
ぷらっとチャットには「苦手かも」というスタンプがありますが、あのスタンプもフィードバックのためのツールとも言えます。(今考えると、「苦手かも」より「苦手です」の方がよかったような気がしています)
メタ認知が発展途上の人は機能的に困難であり、そもそも苦手なのです。周囲からはわかりにくいかと思いますが、自分では気づかないことも多いので、わかるように丁寧に「それは嫌だな」とか「こうだと嬉しい」とか「○○をお願いします」という具合に明確に伝えることがとても大切だと思っています。
子どもたちも特性のある人たちも周囲の人との関わりで丁寧なフィードバックを受けて、成長する可能性があるのですが、多くの場合は批判されたり、怒られたり、遠回しに言われたりとちゃんと教えてもらうことができません。学ぶチャンスがないと、いつまでもメタ認知が育たない、あるいはオリジナルな認知を強化してしまうこともあります。
そうはいっても、フィードバックは簡単ではなく、特にしんどい思いを抱えている人たちが、誰かの成長を願って客観的に伝えるなんてできない…と思ってしまうのも無理はないと思います。
そして、もう一つの難しさはチャットは文字だけで姿が見えないという点があると思います。ビジュアル的に子どもがいて、子どもっぽいことを言っている姿があると、大らかに捉えられることも、チャットという相手の姿が見えないと大らかに思えないということもあるかもしれません。
ただ、お互いの姿が見えないから気楽に話せるという良さもありますし、何事も一長一短ではあり、みんなにとって万能な居場所を作ることはとてつもなく難しいと思うのでした。
それにしても、子どもたちがぷらっとチャットに何を求めているのかな?とちょっと気になります。
参加する子どもの皆さん、もしこれを読んでいたら、ぷらっとチャットは安心してネガティブな気持ちを話せるところなので、アドバイスや意見は控えめにして、人間観察をするぐらいの気持ちで参加してみてください。
子どもたちを含めて、いろんな人がいろんな話ができる場として試行錯誤は続きます。