お部屋番の考える、「伝え方」と「伝わり方」
こんにちは、ぷらっとチャットのお部屋番です。
みなさんはどのようなぷらっとチャットライフを送っていますでしょうか。
お部屋番の私は、ぷらっとチャット開催中はすべてのお部屋をできる範囲で見守っております。お部屋番も人間なので、あたふたして追いきれないこともありますけどね。
そんな見守りライフのなかで、ユーザーのみなさんの発言が思わぬ方向に伝わり、誤解やコミュニケーションのすれ違いが生じているかもしれないと感じることがちらほらあります。
それもコミュニケーションとして自然なことだとは思いますが、お部屋番としてはもどかしさを感じることがあるのも正直なところです。
それに、ユーザーさんの意図が伝えたかったとおりに伝われば、ぷらっとチャットがよりみなさんの安心できる場所になるのかなとも思います。
そこで今回は、ある伝え方がどのような伝わり方をするのかということについて、私なりに感じたことをまとめたいと思います。
すれ違い注意ポイント①
【主語が大きい・主語が抜けている発言】
ある属性全体を主語にするような発言を見ると、私は主語が大きい発言だと感じてしまいます。(例:「子どもってみんな〇〇だよね」「日本人は〇〇なところがある」など)
話の流れでつい主語が大きくなることもあると思いますが、主語が大きくなることで、本来話に含めるつもりのなかった人のことまで巻き込んでしまう可能性や、偏見を助長する可能性があるので、ご注意ください。
もし言い換えるならば…
「親って〇〇だから困る」⇒「私の親が〇〇で困ってる」
みたいに、主語を絞って伝えてみると、チャットに参加している「親」という立場にある人を巻き込まずに、自分の困り感も伝わりやすいと思います。
主語が大きいと、いろいろな立場の人が読むことを考えて、削除しなくてはいけないことがどうしても出てきます。お部屋番としても、つらい気持ちは伝わってきている分、削除するのは心苦しく思うので、表現を少し意識してもらえると助かります。
また、主語が抜けてしまうことで、話が思わぬ方向に進んでいそうなこともちらほらあるので、発言する際には主語を意識しておくのはおすすめです。
すれ違い注意ポイント②
【質問をすること】
ぷらっとチャットは誰でも参加できる場であり、いろいろな人が集まります。そのため、参加している人のことが気になって、質問をしたくなることもあるかもしれません。
質問をすること自体はOKですが、書き方によっては「答えなくちゃいけないのかな」と相手が居心地の悪さを感じる場合もあると私は思っています。
質問をする際には…
その前後に「答えられる人だけで大丈夫です」「もしよければ教えて」など、質問に答えるかは自由であることを一言添えてみるのがおすすめです。こうすることで、質問に答えたくない人も、負担なく参加できると私は思います。
あとは、どうして質問したくなったのかの理由も伝えると、安心して会話に参加しやすい場合もあるのかなと思いました。
すれ違い注意ポイント③
【自分や自分の身近な人に対しての強い表現】
他のユーザーさんに対しては、差別的な言葉や強い表現を使わないようにみなさん配慮していると思います。
だけど自分や自分の身近な人に対しては、容赦なくそういう言葉を使ってしまうこともあるかもしれません。言ってしまいたくなる気持ちは否定しませんが、他の人が読んだときに言葉がグサッと刺さってしまうことがあります。
強い思いを吐き出したいときは…
投稿する前に、差別的な言葉や強い表現になっていないか、一度確認しておきましょう。
差別用語はどんなときでも削除対象ですが、強い表現については「~と私は思ってしまう」などと添えれば刺さりづらいものになり、削除にならない場合もあります。(繰り返しますが、なるべく削除はしたくないと思っています)
死にたい気持ち、不満などを吐き出すこと自体はOKですので、用いる言葉がどのような伝わり方をするのかについて、今一度振り返っていただけたらと思います。
以上が、私が見守る中で感じたことです。
書いてみて改めて、伝えるって難しいな、受け手がどう思うかって本当にさまざまだなとしみじみ感じています。私の書いたこともあくまで一例ですし、ユーザーさんの目線だからこそ気付ける誤解やコミュニケーションのすれ違いもあるんじゃないかと思います。
この機会に改めて「伝え方」と「伝わり方」をちょっと考えてみてもらえたらと思いましたし、お部屋番もこれからも考え続けたいと思っています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました~
一緒に迷い、立ち止まりながらつくる
こんにちは、こんばんは。チャットのお部屋番です。
遅ればせながら、今年初めてのブログ更新となりました。これを書いている今は全国的な大寒波の真っ只中です。個人的には身体のこわばりと共にメンタルも落ち込んでしまい、低空飛行ぎみな今日この頃です。
2025年はチャットの開催回数も増え、私自身、チャットを見守る機会が多かったなあと振り返っています。一方で、前回報告した「利用状況アンケート」の結果を見ると、ユーザーさんもまた、ぷらっとチャットに対して様々な思いやまなざしをもって参加してくれていることがわかりました。
チャット上では私たちのアイコンには「管理人」という名前が付き、何かあったときにだけ発言(注意喚起や時間のお知らせなど)をするので、どうしても「見られている」感があるかもしれませんが、ユーザーさんたちの思いが知れたことで、「互いにチャットという”場”を見合って守ろうとしている」感じがして頼もしい気持ちになりました。
ぷらっとチャットは匿名の場で、誰が、いつ、どんなふうに過ごすかを制限していません。だからこそ、多少なりとも制限する(注意喚起や削除などに踏み切る)ときはすごく悩みます。そんなときは「この発言(やりとり)を見た人は、ぷらっとチャットに対してどう感じるだろう?」「誰かの居心地が悪くならないだろうか?」ということを考えています。
注意喚起を入れるとしても、その行動や気持ちを否定するというよりは、「客観的にはこう見えているけど、どんな感じですか?」とそっと互いの様子を確認し合うような気持ちでいます。その「確認」は、お部屋番とユーザーさんだけでなく、ユーザーさん自身が自分をふと省みたり、他のユーザーさんの様子を気にかけてみることでもあると思っています。
ぷらっとチャットには「つらい気持ちも話せる」という大切なテーマがあります。
それぞれが持つ辛さ、しんどさ、親しみをあらわす表現に対して、正解・不正解はないと思いますし、「その言葉でしか言い表せない気持ち」も存在すると思います。周りの様子を気にする余裕なんてないよ、という時もあると思います(お部屋番も人なので、日々揺らぎ迷いながら見ています)。
ただそれで誰かの居心地が悪くなってしまうと、その誰かにとっては「つらい気持ちも話せる」場ではなくなってしまうのかな…と思っていて、それは「みんなの居場所」とは違うような気がするのです。こう書くと曖昧でモヤモヤする人もいるかもしれませんが、一概に言えないからこそ「ぷらっとチャット」なのかな、とも思っています。
お部屋番もユーザーさんも変わりなく、お互いの表情や存在を意識し合えるような関係性をコツコツと築いていけたらうれしいです。
自分を見つめるまなざし
みなさんこんにちは。お部屋番を担当しているスタッフのひとりです。
気づけば年の瀬が近づいて、街も人も、なんだか慌ただしい雰囲気になってきたように感じます。
今年も年越しチャットが開催されますが、皆さんと一緒に、穏やかに新年を迎えられるといいなと思っています。
ぷらっとチャットは、日々こつこつと開催を続けていく中で、たくさんの人が訪れてくれる場所になりました。
ルームの様子を見ていると、一つのコミュニティとしての側面もありながら、「社会と個人の内面が交差する狭間の空間」のように思えることがあります。
日常の生活では言えないこと、どこにも吐き出せる場所がないこと、深い孤独の中で誰かと分かち合いたいこと・・皆さんが置かれている状況や立場を想像しながら、困難な社会において、死にたい気持ちも含めて率直に語れる場所の必要性を、日々考えさせられています。
一方で、管理人はときどき発言を削除したり、注意喚起を入れることがありますが、それは、この場所が社会から分断されたごく私的な場所ではなく、社会と地続きの場所であるということをふまえての対応でもあります。
自分の表現や発信、あるいは存在そのものを抑圧されてきた経験をもつ人にとって、自分の言葉で自分の気持ちや考えていることを話せる時間は、とても大切なことだと思います。
その傍で、自分が言いたいこと、ときには熱量を持って伝えたいと思うことを、相手がどう受けとるか、周囲からどんな風に見えているのか・・そのバランスの取り方は、私自身も含め難しいところだなと感じています。
自分の普通や当たり前、「相手も助かるはず」と考えるコミュニケーションを、周囲はもしかしたらドキドキしながら見ているかもしれないと、「客体としての自分」を見つめるまなざしもまた必要であることを考えたりします。
つらつらと思ったことを書きましたが、ぷらっとチャットが、これからもみんなにとって安心して過ごせる場所であってほしいなと思います。
日増しに寒さが厳しくなりますが、身体をあたたかくしてお過ごしください。
ブログを読んでくれてありがとうございます。
正解がない難しさ
こんにちは。お部屋番の1人です。
およそ1年ぶりにブログ当番がやってきて、ちょっと緊張?しながらパソコンに向かっています。
私は最近、「正解」について時折考えています。日頃の自分の行動が「これでよかったのか?」「なにか間違っていないか?」とよく不安になるからです。なぜ自分がそう思うのかを考えると
・間違うことに対する恐怖(社会がミスを許してくれ無さそうという気持ち?)
・できるだけベストを尽くしたい気持ち(自分にある真面目さ?)
があるような気がします。
ただ、正解があることの方が少ないので、考えても答えは出ず、不安はなかなか消えてくれません。そのため、定期的に不安を抱え続けることに疲れて嫌になります。(考え疲れた時には編み物をして思考を止めたり…)
ぷらっとチャットに関しての正解も考えるのですが、「どんな場所だったら正解なのか?」と思うと答えが出ません。ただ、「誰にとっても不満の全くない場所」であることは正解ではないような気がしています。
いろんな意見、感じ方があるので、違いによって合わない場合や、時に嫌な思いをすることがあるのは自然だと思うからです。人がいることで嫌な思いをしたり、でも助けられることもあったり、それはすごく人間らしい営みのような気もしています。
ただ、削除対応のように見過ごせない時があるのも事実です。でも、そのラインはきれいな直線で線引きできるものではないのだとも思います。削除後に消さなかった方がよかったかなと思うこともあれば、悩んで削除しなかった時に削除した方がよかったかなと思うこともあります。
ルールも含め、明確な線引きがあれば迷わなくて済んで、楽になれるような気もしますが、そうなったときにはぷらっとチャットが今と違う場になってしまうような気もしていているのです。だからこそ、こうやって迷い、考え続けることに意味があるのかな?そうだといいなぁ…と自分に言い聞かせています。
まとまりも、伝えたいこともぼんやりしてしまった気もしますが、ぷらっとチャットの正解は今の私にはわからないけれど、考え続けていたいなと思っています。
お部屋番(管理人)もただの人です
ごきげんよう、ぷらっとチャットのお部屋番(管理人)の1人です。
最近、何度か行った管理人ヒアリングルームの内容を見せてもらいました(私はヒアリングした管理人ではないのです)。運営を気遣うような書き込みも多数あり、素直に嬉しい気持ちになりました。また、率直な意見を伝えてくださる方もおり、大変参考になりました。
あらためて、ありがとうございました。
さて、普段はやりとりには参加しない私たちは、フラットな視点を意識しつつも、時にありふれたことを思いながら各ルームを見守っています。そう思うと、入室時に使っている「管理人」という名前は、私がしていることに対してやや堅い名前なのかも?私の感覚ではやっぱり「お部屋番」とか、「見守り手」みたいな認識で取り組んでいるような気がします。
お部屋番は機械やAIなどではなく生身の人間たちが担当しているので笑、もちろんいろいろなことを感じつつ、お部屋番をしています。個人的には、あまりお部屋番が謎めいていると、人によっては怖いと感じる場合もあるのではないかと心配になったり…。
というわけで今回のブログでは、お部屋番のうちの1人がぷらっとチャット中にどんなことを思っているのかをお伝えしてみようかなと思います。
ぷらっとチャットが始まる直前:私の場合は、緊張とワクワクが入り混じっているのか、わかりやすくソワソワしている気がします。始まる直前になって、お手洗い行っとこうかなとか、飲み物用意しといた方がいいかなとか、慌てて準備をしたりしています(こうやって書いてみると、映画を見る直前の人の行動みたいですね)。
始まってすぐ:大抵はどのルームも自然に書き込みが始まっていくので、ユーザーのみなさんが持っている「場を作っていく意識」みたいなものが形になっていく時間のような気がして、個人的に好きな時間だったりします。最近はそれぞれの挨拶に対してリアクションが多数つくこともあり、みなさん機能を使いこなしているなぁと勝手に感心しています。あとは、みなさんの会話でひそかに季節の流れを感じたり、お腹が空いたりするのも、個人的あるあるです。
中盤から終了にかけて:お部屋番は、場合によっては注意喚起を行なったり、投稿の削除をしたりすることもあります。あくまでルールとマナーに沿って、みなさんがより安心して過ごせることを意識して対応をしています。ユーザーさんを咎めるのではなく、あくまでも公共の居場所の安全安心を保持しようするものです。お部屋番としては、注意喚起をした方が削除の意図が伝わっていいのかなとか、逆に注意喚起しない方が自然なやり取りの中で気づくこともあるのかなとか、いろいろ考えつつ対応を模索しています。
…というようなことを思いながら、日々お部屋番をさせてもらっています。
とにかく、お部屋番たちもただの人間だということが今回一番伝えたかったことでした。
今回は私の感じていることを書きましたが、ぷらっとチャットをいろいろな人が集まれて、安心して話すことのできる居場所にしたいという想いは、お部屋番たちの共通認識だと思います。
それでは今回はこのへんで。ありがとうございました!
”居心地”について考える
みなさんこんにちは。ぷらっとチャットのお部屋番のひとりです。
私がブログを書くのはかなり久しぶりなので、何をどう書いたらいいか…と悩みながら、自分が感じていることをどうにか言語化してみたいと思って、画面に向かっています。
今年度はチャットの開催回数が増えたので、お部屋番としてもチャットの場を見る機会が増えました。話す内容を管理するためではなく、場を最低限守るためにという気持ちで、やりとりを見守らせてもらっています。
ほぼ毎回参加しているユーザーさんもいれば、ときどき、あるいは初めてなど色んな人がいますが、皆さんがなにかしらの「居心地」をぷらっとチャットに感じているから、ユーザーさんが絶えず集まる場になっているのかなあと捉えています。
お部屋番をするときには色々なことを考えながら見守り、時には削除や注意喚起を入れていますが、私が大事にしている(と同時に毎回とても悩んでいる)ポイントはこの「居心地」にあるのかもしれないなと、今回ブログを書くにあたって考えていました。
というのも、この「居心地」は人によって違うことはもちろん、どの立場で見るか?によって全く異なり、線引きも一元化もできないものだと感じるからです。
たとえば、強い言葉で他者を形容している場面を見かけたとき、それが身内やユーザーさん自身に対してのものだと、とても迷います。悪口や差別の助長とまではいかないかもしれないけれど、この強さの言葉が流れてくるチャットって、ちょっと落ち着かないな…と私は感じます。
一方で、発しているユーザーさんの立場を考えてみると、リアルでは言いづらいこと、発散しようにもできないことだからこそ、ぷらっとチャットでは言いたい(言える場がほしい)という気持ちがあるのかもしれないなとも思います。これは、具体的な方法や死に対する強い表現についての発信が変わらずあることにも通ずる気持ちなのかもしれないと想像しています。
たとえば、ユーザーさん同士のやりとりで、コミュニケーションが噛み合わず誤解が生じてしまっているとき。あるいはとても話やノリが合って、そのぶん友達同士のような2人だけの会話が続いているとき。それぞれの醸し出す空気感は違えど、似たような「居心地」のズレが起きているんじゃないかと感じます。
前者の場合、同じルームに入っているユーザーさんにとっては多かれ少なかれ不安を感じるものや、渦中のユーザーさん自身にとっても納得のいかないように見える場面もあります。後者も、当人同士は安心して盛り上がっていてそれはそれで居心地のよさだと思いますが、見ている他のユーザーさんは話しづらい(居心地がよくない)ということもあるでしょう。まさに、ユーザーさんそれぞれにとっての「居心地」が両立しづらい、難しい場面ではないかと思います(複数ルーム設けているので移動するのも1つですが、”仕方なく出る”というのもなんだかなと思ったり…)。
みなさんの力を借りてぷらっとチャットが継続的・定期的に続いてきたぶん、いつでもだれにとっても100点満点のチャットは難しいかもしれませんが、「居心地」という考え方をユーザーさんそれぞれの中で、そして互いに対して向けることを大事にしたいなと感じます。
「ぷらっとチャット」という空間を、協力して、分け合って使っていけるよう、これからもお部屋番として考えていきたいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
ヒアリングルームから感じること
みなさん、こんにちは。
ぷらっとチャットの管理人です。
8月に管理人のヒアリングルームをやって、その結果報告をしないまま、9月にも2回目を実施しました。
2回目のヒアリングで「ブログ書いてください」とユーザーさんに言われ、『お、痛いところを突かれた…』と心の中で懺悔しつつ、ブログを書いています(苦笑)。
1回目に実施してすぐに、「次はいつですか?」との反応があったり、2回目でも「楽しみにしていました」という声も複数聞かれ、何かしらの期待の大きさを感じています。
今回に、「どうして、そんなに楽しみなのですか?」とヒアリングしたところ、「管理人さんと話せるからです」とそのままの回答が多く寄せられました笑
おそらく、普段話さない存在が話をするというのがそれなりに貴重な機会であり、また、実在する生身の存在として関わることにやはり意味があるのかなと理解してました。
1回目に少し運営体制についても、話題に出したのですが、私たちは組織的にかなり弱小であり、またぷらっとチャットに来る皆さんたちとそんなに変わらなく「死にたい」とか「生きづらい」とかが身近にある人たちでやっています。
だからこそ、ユーザーさんたちの理解や協力が必要だということを伝えたのですが、その話に対して全面的に理解をしてくれ、気遣いコメントが想像以上にやってきて、嬉しくなりました。
私は個人的にいわゆる「相談」とか「支援」現場にいろいろな形で関わることがありますが、この生きづらい社会を解決する手段として、相談や支援は対処療法に過ぎないと考えています。
それよりも、小さくても弱くても一人ひとりの力を持ち寄って、自分の問題と社会の問題をつなげて考える人が増えていくことが大切だと思うのです。
だからこそ、ぷらっとチャットという機会は一人ひとりの力を持ち寄る場として貴重だと思っています。
そして、運営を担っている私たちが安全に管理するのではなく、みんなの力で安心安全を感じられるような場を作るための裏方に徹したいと思っています。
そして、より有効な裏方をするために皆さんの声を聴き、私たちの思いも少し伝えるヒアリングの機会を定期的に実施できたらと思っていました。
ただ、今回もとても人数が多く、流れについていけないわ、全然反応できないわ、嬉しい悲鳴を上げながらあっという間に1時間が経ってしまいました。
また、ぷらっとチャットが一定程度所属感のあるコミュニティになってきたこともあり、ヒアリングしている合間にユーザーさんたちの意見交換が始まっていき、カオス状態になっている時間もあり、今後の開催にはちょっとテーマを設けて意見交換するのもありか?など、あれこれ考えています。
一方で、最近、一般的には「荒らし」と呼ばれるようなふるまいをするユーザーさんも見受けられます。私たちは「荒らし」という言葉でくくって扱いたくはないので、淡々と禁止されている事項は理由や改善について伝え、理解が得られないときには発言をとにかく消させてもらうことで、公共空間が最低限保たれるようにしていきます。
そして、発言を消すことでも対応が難しい時にはちょっと外に出てもらう対応をすることもありました。他のチャットであるようなもう入れなくなるような強制退室とは異なり、一時的に外に出てもらうだけなので、また入ってきて、禁止行為が繰り返されることもあります。
ただ、そういった時にもユーザーさんたちがそれぞれに「やめてほしい」という気持ちやお願いを直接してくれたり、禁止の発言を消し続ける管理人を「頑張れ!」と応援してくれたりする姿に励まされています。
まさに、みんなで作ってきたぷらっとチャットだからこそ、皆さんのちょっとした力により、維持するための試行錯誤をしていると感じています。
人のふるまいにはそれぞれ何らかの理由や背景があると思うので、注意をしてわかってもらうこともあれば、より一層ヒートアップする場合もありますし、ちょっとした注意によってとても傷ついたり、過去の嫌な経験を思い出してしまう人もいます。
ぷらっとチャットのユーザーさんはいろいろな形で傷ついた経験がある人たちや、リアルの関係がうまくいかない人たち、メンタルの不調や精神的な疾患、発達障がいを持つ人たちもいます。また、HSPなど、繊細さや過敏さがあることを開示する場面も多く見られます。
それぞれがチャットにおいて気になること、気にすること、つらいこと、苦しいことなどあります。同じようにどういうチャットが居心地がいいのか、何を求めるのかも一人ひとり違うと思うので、みんなが満足する形での場を作るのは難しいかもしれません。
それでも、日々の様子を積み重ね、ヒアリングの機会も活用しながら、多くの人たちの居場所として機能できるよう試行錯誤を続け、皆さんの力でアップデートしていきたいと思います。
管理人のヒアリングルームをやります
みなさん、こんにちは。
ぷらっとチャットの管理人です。
気づいたら前のブログから2ヶ月もたっていました!!(びっくり!のスタンプを押したい気持ち)
何度か近況や運営側の思うところも書きたいと思いつつ、のびのびになっていたのですが、この度、管理人のヒヤリングルームをやることになったので、そのお知らせを兼ねて重い腰を上げました。
年越しチャットでお試しで実施したヒアリングルームはとても貴重な機会で、何人かのユーザーさんからも「またやってほしい」という声が届いていたこともあり、今後のぷらっとチャットの継続のためにも実施することにしました。
目的はぷらっとチャットのコンセプトへの理解を広げ、ぷらっとチャットが目指している姿をユーザーの皆さんと確認、共有するためです。
ぷらっとチャットのコンセプトは「つらい気持ちも話せる」「いろんな人がいる」「みんながつくる」の3つです。
シンプルですが実はこれが深く、そして難しい…と思っています。
そして、この3つは今の社会が抱えている課題を解決するために必要なことでもあると思っています。
だから、ぷらっとチャットは社会の縮図でもあり、これからの社会の試金石でもあると思っているのです(ちょっと大げさかもしれませんが、けっこう本気です)。
社会の縮図であるからこそ、ちょこちょことトラブルがありますが、そのトラブルをいろいろな人たちの人たちと一緒に解決していくのがぷらっとチャットの本領発揮だと思っています。
管理人という名前はついていますが、管理するのではなく皆さんの力を引き出す、場をつくる役割です。
ということで、お時間ある方は8月17日(日)の20時~管理人ルームに来てください(見ているだけでももちろんOKです)。
ぷらっとチャットらしさ
みなさん、こんにちは。
ぷらっとチャットの管理人です。
年末から月2回のペースでお部屋番で様子をお伝えしていましたが、システムのリニューアルなどいろいろとあり…この数カ月はなかなかブログの更新ができませんでした。
ルーム内でも、「最近、ブログが更新されていないね」とユーザーさんから聞くこともあり、心苦しく思うこともありましたが、ようやく新年度体制が落ち着いてきたので書いています。
この間、ぷらっとチャットでは新しい人たちが来てにぎやかになったり、繰り返し来てくれる人たちの安定の雰囲気もあり、それらをすべて含めて「ぷらっとチャットらしさ」が発揮されているのかなと感じています。
チャットが少し不穏な雰囲気になることもあり、問い合わせには何とかしてほしいという意見が来ることもありますが、私たちはユーザーさん含めてみんなの力で居場所について考え、作っていきたいと思っているので、運営側が何とかするというより、みなさんと一緒に考えていきたいと思っています。
そういう意味では、普段からちょっと微妙な雰囲気になったりしても、どことなくユーザーさんたちがそれぞれの力を出し合って、場を作ろうとしている様子がたくさん見られます。
ぷらっとチャットが目指している「みんなでつくる」という趣旨が少しずつ浸透していることを感じちょっと嬉しくなります。
そして、最近の傾向として小中学生ぐらいの年代の利用が増えています。
誰でも利用できるので、もちろん小学生も歓迎なのですが、使い方の留意点が年齢によっては伝わりにくく、悩ましいことがあります。
例えば、これまでもたびたび話題にしている「特定の人と仲良くなるところではありません」という注意点や「個人情報の扱いについて」などは低年齢のユーザーさんにとっては理解が難しそうだなぁと感じています。
仲良しになり嬉しくなる気持ちも分かるのですが、仲良しだけの雰囲気はやはり見ていて、他の人たちが居づらくなってしまうと感じます。
かといって、それをいちいち注意するというのも本意ではなく、いつも見守りながら悩ましく思っているのでした。
そんなことも、ユーザーさんたちが率直に声を掛け合ったり、気づきを促したりなど、ちょっとずつ知恵や力を出し合ってもらえたらと思っています。
ちょっと気になることも書きましたが、いろいろなこともありながらも、ぷらっとチャットはここまでよく続いているなぁと思っています。
それはもちろん、利用する皆さんたちの心がけや思いがあるからです。
ぷらっとチャットでみんなが大切にしていることを今の社会でも同じように大切にしていけたら、もう少し生きやすい社会になるはずと思っています。
支え合うむずかしさを思う
みなさん、こんにちは。
ぷらっとチャットお部屋番のひとりです。
2月も終わりを迎えますね。
私の感覚では年が明けたと思ったらもう3月という感じで・・・時間の経つ早さに驚いている今日この頃です。みなさんはいかがでしょうか。
ちょっと強引な話の持っていき方ではありますが、「時間が早い」と言えば、ぷらっとチャットではよく「もう終わりか」「あっという間だ」などという声が聞かれるように思います。
そう感じる理由は様々だと思いますが、「楽しかった」とか「居心地がよかった」とか、そうしたときに時間の早さを感じることもあるのかなと思っています。
また「次はいつ?」といった声を見ると、人によってはここがもはやインフラ(生活に欠かせないもの)となりつつあるのかも…と感じることもあります。
いずれにしても、みなさんにとって安心できる場になっているのであれば、運営のひとりとしてはホッとするばかりですが、その一方で、私はそれだけリアルの世界がしんどいということでもあるかな…などと考えてしまうので、もどかしい気持ちになることもあります。
人は誰もが生きていくために、一時的でも避難所や安全基地を必要とするものだと私は思っています。
ぷらっとチャットがそうした場となり、エネルギーをチャージできるなら何よりだと思いますが、インフラと書いたように、いつの間にか“ここがすべて”となってしまうこともあるのかなという懸念が私にはあります。“ここがすべて”となると(そう思うこと自体は問題ないと思いますが)エネルギーをチャージしなければならない場となってしまい、誰かと過度に苦しみを比較してしまったり、誰かに近づきたい気持ちが強くなりすぎたり、誰かの悩みを解決してあげようと思いすぎてしまったり、、そうしたことが生まれやすくなるのかと思うのです。そうすると時に苦しい場となってしまう可能性があると考えています。
ぷらっとチャットに限らず、そもそもネット上でのやり取り、特にテキストでのやり取りは、感情や意図がリアルの世界よりもわかりにくいため、コミュニケーションがずれたり、衝突してしまったりすることが起こりやすい空間かと私は思っています。
テキストとして形に残り、公的に見える仕様上、何気ない言葉が思っている以上に深く影響してしまうこともあるかもしれません。
私としては、誰かに自分の気持ちを話すことのむずかしさを含めて、この場はそうしたむずかしさをはらんだ場であると思うので、むずかしい中で、少しでも安全に過ごせる場となったら…と、願いに近い感覚でいつも眺めています。
ほどよくぷらっとチャットを利用していただき、みなさんが支え合ったり、何かに気づき合えたりする空間となったらいいなと思います。
年度末の時期は疲れが出ることもあれば、季節の変わり目でもありますので、どうかみなさんご自愛ください。